【連載:北海道・富良野暮らし】第2回:先輩フラニストの”ナマの声”(6)おでんCafe「ひるの月」土屋夕子さん

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連載:北海道・富良野暮らし

「8席のみの小さな小さなお店です。特別なモノは何もありませんが、友人宅に遊びに来たようなあったかい雰囲気を目指して自宅を改装しました。お茶だけでも大歓迎です。」

タコちゃんのおでんCafe「ひるの月(つき)」はそんなお店です。
おでんとカフェ、なんだかミスマッチに感じる組み合わせが面白い。タコちゃんのおでんに対する”思い入れ”が感じられて、私は好きです。
おでんを食べながらのコーヒーだって、悪くありません。(これはウソです。私はビールです。)ダイコン、ハンペン、コンニャク、タマゴが私のお気に入り。(何の情報?)
以前、この「オダジーの、ふらの暮らし応援記」でも紹介させてもらった陶器ギャラリー&カフェ「野良窯(のらがま)」や「Cafeゴリョウ」、南富良野のパン屋さん「Fortune Bagels」、そして、おでんCafe「ひるの月」を見ていると、富良野の新しい”流れ”、新しい”文化”を感じます。「富良野の可能性」なんて言葉も浮かびます。
富良野を面白くしてくれるのは、間違いないっ!

オダジー
富良野で生まれ育ち、東京での8年間の生活を経て、Uターン。30歳のときにオフィスフラノを設立し、レストランと不動産業を営んでいます。移住先”富良野”の魅力を発信!
オダジー
おでんCafe「ひるの月」オーナー 土屋 夕子(つちや ゆうこ)さん
通称タコちゃん。1969年神奈川県横浜市生まれ。高校卒業後、バスガイド、婚礼用貸衣装会社、飲食店などに勤務。飲食店に勤めている時に、「リゾートバイト」にはまり、夏限定で長野のペンションや富良野の観光施設などで働き始める。2001年に北海道美瑛町に移住。2003年から富良野のレストランや観光施設で働き、2009年に念願のおでんCafe「ひるの月」をオープン。2011年に南富良野町のパン屋さん「Fortune Bagels」オーナー土屋亜紀さんと結婚。来年には富良野のお店を閉め、南富良野町で「Fortune Bagels」と「ひるの月」が”合体”した新しいお店を計画中。
土屋 夕子さん

人との「出会い」が私の人生を大きく変えた

店内店内

――富良野・美瑛に移住することを決意した理由は?

陶器ギャラリー&カフェ「野良窯」の大槻さんご夫婦と出会ったことが、大きなターニングポイントでした。大槻恭敬さんが美瑛町の炎創窯で修業し始めた時に、お客として行きました。大槻さんと話をしていて伝わってきたのは、自分のやっていることにとても誇りを持っていて、陶芸家になりたいという強い思いで仕事をしているということ。
その時、自分の好きなことって「何でも良いんだ!」と思えました。人より得意なこともないし上手にできることもない、これが好きってこともなく、「私は何も持っていない」とずっと感じていました。しかし初めて「それって違うのかな」と、何でも良いのだったら、私にも何かできるかもしれないと思えたんです。
そう思わせてくれる人たちがここにはいて、もしこの人たちのそばに自分もいたら本当に何かできるかもしれないと思えました。時間が経つにつれその思いがだんだん強くなり、横浜では条件が整わないとできないことがもしかしたら富良野ではできるかもしれないと、移住を決意しました。

タコちゃん

――自分の道を迷わず進んでいるように感じています。

子どもの頃から、自分の居場所をずっと探していました。色々なことがあったので家にいても落ち着かず、横浜も家も自分の居場所ではないと思っていました。若いころは、異性に求めたりしていたのかしれません。ある時、そうではない場所を探さなくては、と気付いたんです。例え幸せな結婚生活を送っていたとしても、ある日突然旦那さんが亡くなることだってあるわけです。そうなると働かなければならないし、自分にスキルを身につけるしかありません。自分の居場所は自分で見つけるしかないし、切り開いて行くしかないと思うようになりました。

移住して15年、私はここで死ぬつもり

カウンターに立つタコちゃん

――地方は都会と違って所謂OLのような仕事が少ないうえに年齢的なこともあり、大げさに言えば、保証のないまま1日1日生き延びていかなくてはならないじゃないですか。

そうですね。通年で働けるところはなかなかないと思います。ただ私はずっとそうだったので、何とも思っていません。もともと飲食業が好きなので、富良野に住もうと思った時も、飲食業や観光関係で働きたいと考えていたし、働けるところがあるだろうと思っていました。

富良野って街の規模が丁度良い。ほどよく自然があって、でも”ド田舎”ではないし、生活に必要なものはこの中で済ませられる。そのうえ旭川まで車で1時間、札幌まで2時間で行けるし、そんなに不便なことはないんです。
移住して15年、私はここで死ぬつもりでいます。住むところも見つけられたし、食べるものに困ったこともなく、富良野はなんとかなる街だと思っています。

――例えば、30歳ぐらいの女性が富良野に移住したいと思った時、まず仕事や住むところは心配じゃないですか。

そんなことを心配する人は、来なくて良い(笑)。そんなこと考える人は、来られないと思うし、来たとしても結局帰る。「あんまり深く考えないで来ちゃいました」という人の方が頑張っていたりします。移住なんて、あまり用意周到に準備してからするもんじゃないと私は思います。

「ここならやれる」ダブル39の日にオープン!

カウンターに立つタコちゃん

――移住するだけでも大変な決心がいるのに、さらに自分でお店をやろうと思ったのはどうしてですか?

実は最初から考えていました。自分で何かやりたいからこっちに来たんだもの。自分のお店を持つのだったら食べ物屋さんが良いと思っていて、はじめスパゲッティ屋さんで働き、その間に調理師免許を取りました。
実際にお店をやろうと思ったキッカケは、またしても大槻さんでした。大槻さんご夫婦が「野良窯」をやるために富良野に移ってきた時、その改装工事を手伝うことに。これがまた私の人生のターニングポイントになりました。あそこで改装工事を手伝わせてもらった時、できることは全部自分たちでやり遂げる大槻さんご夫婦を見て、「こんなやり方ってあるんだ。自分たちの力でできるんだ。もしかしたら私にもできるかも」と感じました。私の移住人生において、大槻さんは欠かせない存在なんです。

――「野良窯」さんを手伝ってから、5年後におでんCafe「ひるの月」を開店したんですよね。

「野良窯」さんを手伝わせてもらったお陰で大工さんとも仲良くなったし、偶然だけれど私のお店の大家さんともそこで知り合い、可愛がってもらうことになりました。
大家さんが、「あんたが何かやるのだったら持っている一軒家を貸してあげるよ。好きなように使って良いよ」と言ってくれました。賃貸でこんなことやらせてもらえるなんて、考えられないですよね。お店の場所も私のイメージにぴったりで、ここならやれると思いました。そして私が39才の3月9日、ダブル39(サンキュー)の日にオープンしました。

テーブル席

――なぜお店のメインメニューを、おでんにしたんですか?

祖母が昔、屋台のおでん屋さんをやっていて、そのおでんが大好きだったからかな。自分の憶えている”舌”だけを頼りに、同じ味を再現しました。母にも食べてもらいましたが、「正解」だと。兄も今年、オープンしてから初めてこのお店に来てくれたのですが、「あ~おばあちゃんのおでん、こんな味だったなぁ」と言ってくれました。

「富良野は、なんでもあり!」
私だってあなただって、何でもできるんだよ

タコちゃん

――お店を見ていると、ただ単純に「商売」とは言えない気がします。

このお店は私の生き方、ライフスタイルだと思っています。商売だけど、商売でない。仕事だけど、仕事だけじゃない。もちろん、遊びでも、道楽でもない。
ただ、富良野だからやれているというところはあります。大槻さんたちと出会ってからずっと感じていることですが、「富良野は、なんでもあり!」
絵描きをしながら、農家をしながら暮らしてる人も現実にいるんです。革製品の職人さんも、帽子を作っている人もいます。アルバイトをしながらかもしれないけれど、そうやって自分の生計を立てて、やりたいことを続けている人がいっぱいいます。

私は、私のやり方を信じてやっているだけで、それが正解なのか間違っているかは分かりません。けれど、ありがたいことに受け入れてくれるお客さんがいっぱいいますし、お店を始める前にこうなったら良いなとイメージしたようになっています。成功なんて言えません。しかし身の程知らずな言い方かもしれませんが、”誠実”にやっているつもりです。

店前にて

――最後に、富良野に移住を考えている若い人にアドバイスをお願いします。

若い人と話す時は私の話をしながら、自分がどうしたいかをちゃんと考えな、と話しています。自分がどうしたいかで動いたら良いよ、と。
例えば、北海道に移住したいのであれば、親がどうだとか友だちがなんだとか、周りに色々言う人がいてもそれに惑わされないで、自分のやりたいことはやりなさいと言います。誰もあなたの人生の責任は取ってくれないし、自分で責任取るしかない。あれやれば良かった、これやれば良かったと言いながら死ぬのかい、と。
北海道に来る・来ないはどちらでも良い。しかしどっちを選択するか、自分で考えて決めなさい。やらなかったことも、自分が選択したという責任を持て、と。

そして、あなただって何でもできるんだよ、ということを伝えています。

ひるの月

オダジーの取材後記

夕子の字面から愛称が生まれたタコちゃん。オダジーが経営している観光施設やレストランで何年か働いてくれたこともあり、オダジーはタコちゃんのことを良く知っています。とにかく、頑張り屋。おでんCafe「ひるの月」を始めてからは頑張り屋にさらに磨きがかかり、見ていてこちらが勇気づけられます。ただ、タコちゃんの頑張りにマイナスイマージや悲壮感はありません。喜々として、楽しんで頑張っている感じです。移住してからずっと描いていた夢を実現した”よろこび”が伝わってくるよう。そこに、好感が持てるのだと思います。
タコちゃんは協力者はいるものの、基本的にここまですべて1人でやってきました。見ず知らずの街に来て、住むところも仕事も友だちも趣味のフラダンスも、そしてお店の開店も全部自分1人の力で、成し遂げました。そんな大それたことをやったわけではないと、タコちゃんは言うかもしれませんが、やってみたいと思ってもそれを実現できるのはほんの一握りです。
「ひるの月」は規模的には小さく簡単にできそうなお店に見えるけれど、タコちゃんの強い思いがあったからこそ、あの落ち着ける雰囲気があるのだと思います。「ひるの月」はタコちゃんそのものかもしれません。

取材先
Cafe「ひるの月」
富良野市新光町2-73
営業時間/12:00~22:00
定休日/火・水曜日
TEL/0167-22-2541

ライター/オダジー
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