
私たちはクリスマスやハロウィン、バレンタインなど一年を通じていろいろなイベントを楽しみますが、日本人としてお正月はやはり別格ですよね。
新年を迎えると家族でおせち料理をいただいたり、着物をきて初詣にでかけたり、新しい手帳に一年間の目標や予定を書き込んだりと、どこか身が引き締まる思いがします。
でも、毎年何気なくお祝いしているお正月。いつからどんな理由でお祝いされていたのかご存知ですか?お正月のあれこれについて勉強してみましょう。
お正月はいつからお祝いしているの?
お正月をお祝いするようになった起源は、仏教が伝来した6世紀半ばよりも前ではないかと伝えられていて、日本に最も古くから存在する行事です。
お正月の『正』という字には、きちんとする・改めるなどの意味があり、年の初めの月を示し、旧年が無事に終わった事への感謝と、新年の豊穣を司る歳神様(としがみさま)のお迎えをします。
1月の3日までを『三が日』、7日までを『松の内』と呼び、この期間が『正月』です。お正月の準備は江戸城での『すす払い』を由来とした大掃除から始まり、すべて歳神様をお迎えする準備なのです。門松は歳神様が降りてくる目印、しめ縄は周囲の汚れを絶った清らかな場所であることを示すために飾ります。
「あけましておめでとうございます」という挨拶は、歳神様をお迎えしたお祝いの言葉であると同時に、『芽出度い』とも書き、新春を迎え芽が出るという意味が込められているそうです。
おせち料理の由来
お正月にいただくおせちは『御節供(おせちく)』の略です。平安の昔から、宮中では元旦と5つのお節句の日に神様にお供えをし、『節会(せちえ)』というお祝いの会をしていました。
その中でも元日は、最も盛大にお祝いをしていましたので、お正月のお料理を『御節(おせち)料理』というようになったのです。江戸時代に入り、庶民にも手軽に物品が手に入るようになると、宮中行事を生活に取り入れるようになり、全国に広がっていきました。
お正月遊びの歴史
次にお正月に子供たちが楽しむ代表的な遊びについてです。
凧揚げ
古来中国で、占いや戦の道具として使われていた凧は、平安時代に日本に伝わりました。そして、年の初めに男の子の出生を祝い、健やかに成長するようにとの願いを凧にのせて天に届ける儀礼が行われていました。江戸時代になると、凧揚げは一般庶民のあいだで盛んになり、各地でさまざまな凧が生まれました。
独楽回し
独楽の発祥地については諸説あるようですが、現在残っている世界最古の独楽はエジプトで発掘された紀元前2000~1400年前頃の独楽だそうです。日本へは平安時代、中国から朝鮮の『高麗(こま)』を経由して渡来してきたといわれています。
庶民の間に広がったのはやはり江戸時代で、凧と同様、次々に新しい独楽が生まれ楽しまれるようになりました。
羽根つき
羽根つきの起源は、14世紀頃の中国で羽根に硬貨をつけて蹴り合う遊びがあり、それが室町時代に日本へ伝来し、羽根つきの原型になったといわれています。
日本では羽には『ムクロジ』という植物の実が使われていますが、ムクロジは『無患子』と書き、子供が煩わ無いとされ、新年の厄払いと一年の無事を願うものでした。羽を落とすと顔に墨を塗られてしまいますが、これも魔よけのおまじないなのです。
江戸元禄の頃になると、人気役者や美人画の書かれた美しい羽子板が流行し、日本橋や浅草の羽子板市が有名になりました。
毎年何気なく過ごしているお正月。一つ一つの歴史や由来を知って、大切に受け継いでいきたいですね。

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