70年後の奇跡!「武蔵」発見!

  • 2021年03月22日更新

第二次大戦の日本で、極秘裏に建造・竣工され、間もなく轟沈されてしまったために、その名だけが知られている超弩級大型戦艦「武蔵」。戦後70年を過ぎた今年、「武蔵」とされる船がアメリカの資産家により発見されたというニュースは、日本全国で「奇跡」として大きく報道されました。今後、専門家による詳細な分析で新たな事実が出てくることが期待されています。

戦艦「武蔵」とは

第二次世界大戦で、旧日本軍は、海洋国家・大日本帝国の威信をかけ、大型戦艦をいくつも建造して対米戦に臨みました。作家・伊藤正徳の著書『連合艦隊の最後』では、「大和」「長門」など、当時の日本が持てる能力すべてを結集して築き上げた戦艦の名が次々に出てきます。その中に登場する戦艦のひとつ「武蔵」は、「大和型戦艦」と呼ばれる超弩級大型戦艦の2番艦であり、大日本帝国が建造した最後の戦艦です。有名な戦艦「大和」と並び、長崎市の三菱重工業長崎造船所で極秘裏に建造された「武蔵」は、全長263m、排水量69,100トン、150,000馬力、世界最大の46cm主砲を9門搭も搭載した、世界最大・最強の戦艦でした。当時の最新技術を注ぎこんで建造された、連合艦隊旗艦「武蔵」は、終戦間際にフィリピンのレイテ島へ向けて出発した後、魚雷20発と爆弾17発、至近距離からの爆弾を多数打ち込まれて燃え上がり、乗組員1,000人余りとともにシブヤン海の底へ沈みました。旧日本海軍の命令を受けて「武蔵」を建造していた長崎造船所には、「武蔵」に関する展示を集めたコーナーが設けられており、当時の建造日誌や竣工記念品などを見ることができます。

「艦これ」ブームとPCが「武蔵」を日本に復活させた

建造から竣工、撃沈までの期間が短く、また、軍事機密として極秘裏に製造されていたために、戦艦「武蔵」の名は、有名な「大和」に比べると、名前は知られているものの「昔の日本が造った世界最大の戦艦」程度に過ぎず、実態は殆ど知られていませんでした。しかし、最近になって、旧日本軍の駆逐艦を擬人化した美少女キャラクターを育成するソーシャルゲーム「艦隊これくしょん」が一大ブームになり、旧日本軍の戦艦名が広く知られるようになりました。勿論「武蔵」もキャラクターのひとり。戦艦内に祀られていた「武蔵神社」をデザインに組み込んだというキャラクターは、本物と比べると随分かわいくなって登場していますが、これをきっかけに戦艦のほうの「武蔵」も知られ始めます。それから間もなく、今や世界中のPCに搭載されている「Windows」を生み出したマイクロソフトの共同創業者、ポール・アラン氏が、自身の個人的な趣味で結成した海底探索チームの無人探査機で「武蔵」をシブヤン海の底で発見した、というニュースと、無人探査機による生中継で映し出される「武蔵」らしき姿が、日本中を駆け巡ったのでした。専門家の見立てでは、船首にある菊花の御紋や、係留用ロープをつなぐ穴の形状などから、「武蔵」としてほぼ間違いないという判断を下しています。また、従来の模型にはなかった三連装機銃が存在することも映像から分かり、史実になかった事実が判明したということも話題になっています。今後も映像をもとに、詳細な分析がなされれば、また新たな事実が出てくるでしょう。発見者のポール・アラン氏は「引き揚げて日本に寄贈する」ことを表明しています。沈没後70年を経て、「武蔵」を撃沈した国の資産家が「日本に無償で寄贈したい」と申し出たことになります。多額の費用と相当な時間を要するため、引き揚げと寄贈はかなり難しいと言われていますが、しばらくは、「艦これ」ファン、軍艦ファン、「ミリオタ」こと軍事マニアを中心に、当時は日本人も知らなかった世界最大の戦艦「武蔵」が日本人の間で話題になるでしょう。

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