温泉旅館のような、趣ある暮らしを夢見ていた依頼主。しかし現実の日々は、押し入れにつくられた急な階段での移動を余儀なくされるという、大変不便なものだった。さらには、すきま風のせいで大好きなお風呂にも入れず、銭湯通いを余儀なくされる毎日——。いったい、この家に何が起こっていたのか。そして依頼主の願いを叶えるために、建築家・山崎氏はどのように挑んだのか。
- 山崎たいく(やまざき たいく)1978年東京生まれ。アルセッド建築研究所、聖建築研究所を経て2008年に「やまざき建築研究所」設立。2011年、千住いえまちプロジェクト代表となる。2015年には「合同会社あまね設計」を共同設立。
なぜ、この家は押し入れの中に階段があったのでしょう?
この家は元々、1階2戸、2階2戸の木造アパートだったんです。依頼主さんは以前、そのアパートの2階を借りて住んでいたのですが、1階の大家さんが亡くなったのをきっかけに丸ごと買い取り、少しずつ手を加えながら暮らしていました。アパートだったわけですから、当然、住戸同士はつながっていません。そこで仕方なく押し入れの中に階段をつくって、上下階を移動していたというわけです。
▲生まれ変わったお家の外観
▲思い出のある「炉」はそのままに、新しくなった茶室
リフォーム後のプランはどのような方向で考えたのですか?
問題の階段は建物の中央に配置されていました。プランと構造上、ともにこれを別の位置に移すのは合理的ではないと考え、中央に階段のあるプランは踏襲することにしました。そのうえで、勾配を緩やかにした使いやすい階段を新たにつくっています。
新しい階段は見違えるように明るくなりましたね
登る方向を以前とは反対の西側から登り始める向きに変更しました。この敷地では西側寄りのほうが採光を得やすい環境であり、階段上部に設置したトップライトなどからの光が階段や1階に届く、明るい空間になりました。それでいて階段の位置は以前と同じなので、住まい手からすると、リフォーム前との対比が感じられる効果も得られました。
階段だけでなく、空間全体が明るく開放的に生まれ変わっていますね
この建物は敷地いっぱいに建てられていて、敷地境界の塀との間隔がほとんどありませんでした。そのため日当たりが悪く常にジメジメしていました。そこで、この部分を一部減築しています。 減築によって敷地にゆとりが生まれ、そこに庭を設けることができました。おかげで室内にも光が届きやすくなり、風も通る気持ちの良い空間になっています。
お風呂についてこだわったポイントも教えてください
「露天風呂のような雰囲気にしたい」という要望がありましたので、壁には屋外に使われる焼きスギを張っています。あとは坪庭に面して窓を設け、浴室内から坪庭が眺められるようにしました。以前のお風呂は扉が3つあったためにすきま風が入り放題でしたが、これからはゆっくりと、ご自宅でお風呂を楽しんでほしいですね。
▲浴室からは坪庭が眺められる設計となっている
「炉」のある茶室も魅力的です
依頼主さんと亡くなられた大家さんは、お茶の師弟関係にあったそうです。この「炉」はその当時からのもので、依頼主さんにとって大切な思い出でした。茶室の施工は簡単ではないのですが、今回は幸い、宮大工さんにお願いすることができ、いいお茶室を仕上げることができました。
本来、茶室には細かい設計作法があるのですが、今回はあえてフリースタイルでつくりこんでいます。壁の仕上げを半田仕上げ(漆喰+土)にしたり、壁ではなく大きな格子戸で仕切ったり。限りある住宅の面積の中に、本格的な茶室を作り込んでしまうと用途が限られてしまうので、様々な使い方ができるよう配慮しました。
▲趣ある快適空間へと変化を遂げた
全体的に自然素材も上手く取り入れていますね
学生の頃から、職人による伝統工法や自然素材の魅力に触れる機会が多かったんです。当時はいろいろな建築を見て回って勉強していましたが、そんな中、「建物が竣工した瞬間が一番美しい」建築を見るたびに疑問を抱くようになりました。その点、自然素材には、経年変化、つまり、時間を経ることでまた違った美しさが宿るという魅力を持っています。今回のリフォームでも、その点を意識して素材を選びました。
伝統的な建築を大切にされているんですね
実は設計の傍ら、地元の東京・足立区で「千住いえまちプロジェクト」という活動も行っています。千住エリアには文化的にも歴史的にも貴重な建物が現存していますが、近年、取り壊される建物が増えているのも事実です。こうした建物や、住み手のいない空き家などを再利用することで、より豊かなまちを促していこうという試みです。おかげさまで活動の輪は広がり、最近では地元の主婦の方や新しく千住に住み始めた方々なども参加してくれています。
先ほどの自然素材の話にもつながりますが、古いものには古いものの魅力があります。これからもそういうものを大切にして、仕事を続けていきたいと思っています。