建築家・ナイトウタカシさんのブログ「他人の家を見て生まれる「自分の要望」」
他人の家を見て生まれる「自分の要望」
2026/01/23 更新
家づくりを考え始めると、
いろんな家を見る機会が増えていきます。
モデルハウスだったり、
雑誌やSNSだったり、
友人や知人の家へ遊びに行ったときだったり。
そして、そのたびに
こんな気持ちが、ふっと湧いてくることがあります。
「いいなぁ、こういう家」
「こんな間取り、憧れるな」
「うちにも取り入れたいかも」
その感情は、とても自然で
決して悪いことではありません。
むしろ
人の家に触れることでしか
気づけないことが、たくさんあります。
ただ――
そこから生まれた「要望」が、
ほんとうに自分たちの暮らしに合っているかどうかは、
少しだけ
立ち止まって考えてみてもいいのかな、と思っています。
人の家というのは、
「その人の暮らし」
「その人の価値観」
「その人の生き方」
が形になったものです。
同じ家に見えても、
背後にある物語は、まったく違います。
例えば、
広いリビングが素敵だと感じたとき。
それは
その家族の集まり方に合っているから広いのか、
それとも
ただ「広いほうがいい」と思ってつくられた広さなのか、
見ただけでは
なかなか分からなかったりします。
吹き抜けが気持ちよく感じた家もあれば、
静かで落ち着く小さな空間が心に残る家もあります。
人はつい、
「素敵だと思った=自分にも必要」
と感じてしまいがちですが、
それが
“その家族にとっての素敵”
なのか
“自分たちにとっての素敵”
なのか
その境界は、とても曖昧です。
設計の相談の中でも、
「○○さんの家を見て、こういう間取りに憧れていて…」
とお話しくださる方は、たくさんいます。
そのとき、私は
その要望をそのまま「いいですね」と受け取る前に、
「どうして、その家が素敵だと感じたのか」
を、少しずつ
丁寧に聞くようにしています。
そこで出てくる言葉は、
意外と「間取り」ではなくて、
・落ち着く感じがした
・家族が近くにいる感じがした
・空気がやわらかい気がした
そんな
感覚に近いものだったりします。
つまり、
「間取りそのもの」よりも
「そこに流れていた空気」に惹かれていることが
とても多いのです。
他人の家から生まれる要望は、
真似をするための材料というより、
自分の感覚を知るためのきっかけ
に、近いのだと思います。
「これが欲しい」という形の要望よりも、
「なぜ、いいと感じたのか」
「どんな気持ちになったのか」
そこに目を向けていくと、
その人らしい家の方向が
少しずつ、静かに見えてきます。
他人の家を見て
生まれてきた要望を、
「これは真似すべきか」
「これは取り入れるべきか」
と、無理に判断しなくても大丈夫です。
それよりも、
「自分は、何を心地いいと感じたのか」
その感覚を
そっと大切にしておくことのほうが、
家づくりにおいては
ずっと意味があるように感じています。
あなたが
人の家を見て「いいな」と思ったとき、
それは、
“その家の良さ” だけでなく、
“あなた自身の感覚” を教えてくれているのかもしれません。
その感覚を
これから、どう扱っていくか。
それもまた
家づくりの中で、
ゆっくり育てていけるテーマのひとつだと思います。























