建築家インタビュー 建築家の間取りから

マンションリノベーション ~つなげる~

限られたスペースを広く見せるための工夫や、光や風を存分に取り入れる仕組み、住まい手の生活スタイルにしっくりとなじむ動線計画──建築家が手がける「間取り」には、住宅メーカーや工務店にはない独自のアイデアが詰まっています。本シリーズでは、そんな建築家の間取りと設計手法を徹底解剖。心地よく魅力的な間取りはどのように生まれるのか?に迫ります。第1回は、自宅とショールームを兼ねたマンションリノベーション事例「私たちの家」(ハンズデザイン一級建築士事務所)です。

Architect

ハンズデザイン一級建築士事務所

星名岳志さん・星名貴子さん

星名岳志一級建築士(登録番号:第331395号)
東京都立大学工学部建築学科藤木隆男研究室卒
株式会社山本理顕設計工場
(東雲キャナルコートCODAN基本設計)
株式会社ベルチェアソシエイツ
(外資系企業のコーポレイトインテリアデザイン)
株式会社リカルドトッサーニアーキテクチヤー
(海外アパレル店舗設計)
株式会社水工房
(木造戸建住宅及びマンションスケルトンリフォーム、木造戸建新築)を経て、
ハンズデザイン一級建築士事務所設立

星名貴子一級建築士(登録番号:第329228号)
千葉工業大学工学部工業デザイン学科東孝光研究室卒
ア・シード建築設計
(注文住宅の設計)
株式会社エアサイクル産業
(素材や住まいの空気環境にこだわった注文住宅の設計)
株式会社水工房
(木造戸建住宅及びマンションスケルトンリフォーム)
株式会社ホーメスト
(都市型三階建注文住宅の設計)を経て、
ハンズデザイン一級建築士事務所設立

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―ホームページで「リフォーム・リノベーション」を大きく謳われていますが、おふたりがリフォームやリノベーションに力を入れようと思われたきっかけは何ですか?

独立する以前に勤めていた設計事務所で注文住宅の設計を手がけていた頃から、住む人の暮らしの質を少しでも向上させたい、という想いは常に抱いていました。暮らしの質が向上すれば、住む人はもっと楽しく生活できるようになります。もちろん、新築の注文住宅設計でお客さまの要望を隅々まで吸い上げて形にすることは「ひとつの理想形」といえるでしょう。しかしコストなどの問題から、すべての人がその夢を叶えられるわけではありません。
現状では価格の安いビルダーやハウスメーカーの住宅に人気が集中しています。そんな中、どうすればより多くの人に、住宅を通して心地よい暮らしを提案できるのか。その答えのひとつがマンションのリノベーションでした。マンションの専有部のリノベーションなら構造や設備インフラなどが整っているためすべてを一からつくる必要はありません。最低限のコストで、質のよい空間での心地よい暮らしの魅力を知っていただける一番の近道になると考えました。

―「私たちの家」の間取りについて、どのような点に気をつけて設計をされましたか?

マンションリノベーションで多い要望のひとつに「細かく区切られた空間をつなげて使い勝手を改善してほしい」というものがあります。確かに、昔のような大家族ならともかく、3~4人家族の場合、すべての部屋を壁で細かく区切って、限られたスペースをさらに狭くしてしまうのはもったいないですよね。この「私たちの家」でも、不要な間仕切りをなくし、それぞれのスペースをうまく“つなげる”ことを考えました。
そもそもかつての日本の住宅の内壁はただの壁ではありませんでした。部屋を仕切るための引き戸であったりと、それぞれに役割があったのです。その考え方はマンションでは失われ、部屋を物理的に区切るためだけに存在する壁が多くなりました。「私たちの家」の設計に当たっては原点に立ち返り、「なぜ仕切るのか」「どのような意味があるのか」を丁寧に考えるようにしました。結果として、それぞれがうまくつながった、心地よい空間になったと思っています。
つながったことで得られる解放感に加え、キッチンの天井にはタモ材のルーバーを採用し、水平ラインを 強調させています。そこに設えたダウンライトの光がやわらかく拡散され、温かみあふれる空間に仕上げました。

―「私たちの家」はご自邸とショールームを兼ねているそうですね。1作品としてお客様に見ていただくことを考えて、特別に意識されたことはありますか?

できうる限りたくさんの素材を盛り込むように心がけました。リビングの床は、アメリンカンブラックチェリーを、奥の書斎側の床には杉の無節を。浴室にはヒバ、天井のルーバーにはタモ、そしてなぐり加工のオーク…etc。よい素材、本物の素材の存在感を、来て、見て、伝わるよう、妥協せずに選んでいます。
素材選びは、家づくりの中でも最も重要で楽しい過程。たとえば、合板のフローリングでは、余ったものはゴミですが、本物の素材ならば加工することで別のものに生まれ変わる。磨けば輝く。建材と素材の違いも感じていただければ。
また、室内の壁や床の素材なら、遠くから眺めたとき全体との調和が美しく取れているか、近づいて見たときに、ツヤや光りの加減による表情の豊かな変化があるか、さらには、実際に手に触れたり香りをかいだりしたときに安心できる素材か、といった基準で建材も含め判断するようにしています。

―空間に広さを持たせたり、開放感を得られるようにするためには、具体的にはどのような工夫が有効なのでしょうか?

限られたスペースを最大限に大きく見せるには、開き戸を引き戸に変えたり、既存のスペースを有効に使った収納を設けたりといったテクニックはもちろん重要です。一方で、住まいの各部分の「あり方」を見直すことも重要だと考えています。
たとえば、玄関。本来、玄関は、外部空間と内部空間を区切ったりつないだりする役割や、人を招き入れるためのスペースとしての役割を持っていました。ところが、最近のマンションの玄関はそうした役割を失いつつあります。形式上は玄関としてのスペースは確保されているものの、他の部屋のスペース確保のために縮小されたりと、中途半端な空間になってしまっています。特にマンションの場合、玄関戸が採光のない鉄扉ですから、狭く、薄暗く、風通しが悪いです。こうなると玄関はただのデッドスペースになってしまいますよね。
そこでもう一度、「玄関の役割とは何か?」という原点に立ち返り、ゼロからその意味を見直すことが重要になるのです。形式や先入観にとらわれてデッドスペースをつくってしまうよりは、思い切ってその「あり方」を大きく変えてみる。リビングの一部になっている「私たちの家」の玄関は、こうした問いに対するひとつの答えだということもできると思います。

―おふたりのおっしゃる「暮らしの質の向上」に貢献する要素には、他にどのようなものがありますか?

もうひとつ重要な要素に「明るさ」もありますね。明るさについても、ただやみくもに明るさが十分ならばよいというものではありません。部屋の真ん中に大きな照明器具がつけられているだけのことがほとんどですが、さみしいなと思うんです。光や影をデザインすることは確かに骨が折れますが、光ほど表情豊かなものも無いと思います。
「私たちの家」で言えば、トイレのランマをガラスにしたのもそうした理由があります。トイレの中には絵が飾られていますが、照明はその絵のための壁付けのスポットライトだけで、天井には照明器具はありません。その絵から反射した間接光で十分な明るさになり、さらにランマガラスからぼんやりと光が漏れていきます。おもしろいのですが、赤い絵を飾ると赤い光が青い絵を飾ると青い光が漏れるのです。
一般的にトイレは室内側に対しては閉じられた空間であることが多いですが、玄関と同様、トイレのあり方をゼロから見直した結果が、このような形になっているのだと思います。

―最後に、リフォーム会社や工務店などにはない、建築家ならではの魅力はどのようなところにあるのでしょうか?

ただ単に、コストを抑えられて、新しくてきれいな空間に住めるならそれでいい、という考え方ですと、建築家によるリノベーションには魅力を感じにくいかもしれません。例えば内装材ひとつをとっても、全面をビニールクロスにした場合と、「私たちの家」のように、調湿や消臭効果のあるシラス壁を採り入れたのとでは、住み心地に大きな差が生じます。フローリングでも、コストやメンテナンス性だけを考えて合板にするのか、それともムクにするのかでまた大きな差が出てきます。もちろん、お金をかけさえすればよいというわけではありませんが、小さなきっかけからでも私たちのような設計事務所との対話を通して、こうした空間が暮らしの質までも高めてくれるということを知ってもらうきっかけになればと思っています。

タモ材のルーバー

キッチンの天井のタモ材のルーバーが空間の水平ラインを強調、広がり感を演出している。

水平ラインが強調

リビングとキッチンの間にあった梁は、このルーバーによりデザインの一部に取り込まれ、天井の高さがリズムが生まれが生まれた。

キッチン ダークチェリーの床

建材ではなく、本物の素材をふんだんにつかった室内。「建材は単なる建材ですが、ムク(素材)なら、様々なものに加工できます。私達はそんなふうに素材を調理していきたいんです」。

チョークボードペイント クリスタルインレイ プチビルドの玄関脇

マグネットペイントのうえにチョークボードペイントを施した。また、クリスタルインレイとういガラスなどを水で伸ばしたセメントでたたき、洗い出しをした玄関脇。このように簡易的なものであれば、施主施工ができるのもリノベーションならではの楽しみだ。どちらもハンズデザインのプチセルフビルド。

編集後記

ハンズデザインを訪ねて

バルコニーからは、公園の緑や珍しい野鳥なども楽しめるというロケーション、本物の素材を贅沢につかった空間は、決して広いとはいえないがとても贅沢なものに感じた。独立されてまもないお若いおふたりの事務所兼お住まいには、そこかしこに若々しい感性が息づいている。
取材後「よかったらどうぞ」と手作りのスコーンをいただいた。貴子さんはお菓子作りをよくやってらっしゃるのだという。「キッチンまわりは自分のアイデアを全面に採用しました」とおっしゃるだけあり、本当においしかった。マンションリノベーションでキッチンをどうにかしたい、という女性の心強い味方になってくれそうだ。

編集後記
Check!

リノベーションとは?

住まう人の生活スタイルや価値観に合わせ、中古住宅に新たな価値を生み出すことを「リノベーション」と呼ばれる。現状回復を目的とした簡易的なリフォームとは異なり、リノベーションは間取りを大胆に変更したり、最新設備の設置、住宅性能の向上など、住まう人のライフスタイルに合わせたものとなる。中古マンションや中古一戸建てを購入後、暮らしに合ったカスタマイズをするスタイルが近年定着しつつある。

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