建築家インタビュー 建築家の間取りから

既存茶室を生かした平屋住宅 ~思い出の再生~

限られたスペースを広く見せるための工夫や、光や風を存分に取り入れる仕組み、住まい手の生活スタイルにしっくりとなじむ動線計画──建築家が手がける「間取り」には、住宅メーカーや工務店にはない独自のアイデアが詰まっています。本シリーズでは、そんな建築家の間取りと設計手法を徹底解剖。心地よく魅力的な間取りはどのように生まれるのか?に迫ります。第13回は、建て主の思い出が詰まった茶室を生かし、平屋として生まれ変わらせた増築の事例「平屋 和風モダンの家」(忘蹄庵建築設計室)です。

Architect

忘蹄庵建築設計室

堀紳一朗さん

堀紳一朗一級建築士(登録番号:第53822号)
1972年 群馬県生まれ
1995年 早稲田大学理工学部建築学科卒業
1997年 早稲田大学理工学研究科修士課程終了
1997~2004年 株式会社水澤工務店 工事部
2007年 忘蹄庵建築設計室(一級建築士事務所)を設立

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―事務所のホームページを拝見したところ、建築事務所に加えて茶道教室も開かれているのですね。

茶道教室の方は私の家族が取り仕切っていまして、私の仕事はあくまで建築設計です。ただ、そうした家族の影響もあって、若い頃から和風建築や茶室の建築には強い関心を持っていました。それで、大学を卒業後すぐに、本格的な和風建築で有名な工務店に就職しました。工務店には7年ほど勤め、現場監督などを経験した後に独立し、今に至っています。当時は和風の木造住宅以外にも、鉄骨造やRC造など規模の大きな建物も担当していましたが、独立後はやはり私の得意分野である和風住宅や茶室、和室のあるマンションリフォーム、懐石料理店の店舗設計など、そうした分野のご依頼やご相談が多いですね。

―「平屋 和風モダンの家」も茶室のある和風住宅ですね。建て主さんからはどのようなご要望があったのでしょう。

この家はもともと木造2階建ての住宅で、かつてはお孫さんを含む3世代が暮らす大所帯でした。その後、奥様がお一人で暮らされることになり、それを機に改築のご相談を頂いたのです。ただ、奥様は茶道教室の先生をされていることもあり、愛着のある既存の茶室部分だけは残してほしいと希望されました。そこで、既存建物は茶室を残してすべて解体・撤去し、新築の住居棟と茶室を玄関でつなぐ、という、コンパクトな平屋のプランをご提案いたしました。既存建物への増築になりますので茶室棟には手を加えていませんが、新築の住居棟は茶室棟と外観上マッチするよう、同じ勾配の屋根としています。

―奥様の一人暮らしとのことですので、バリアフリーへの配慮も求められたかと思います。

既存の茶室棟と新築の住居棟で床の高さを合わせたり、寝室からすぐにトイレに行けるよう動線を考えたりするなど、一般的な対策はとっています。ただ、あまりバリアフリーにばかり配慮しすぎると、暮らしやすさや空間の質が損なわれてしまい、かえって豊かな生活からは遠ざかってしまいます。ですから建て主さんと十分に相談を重ね、いきすぎず、かといって不足もない、ちょうどいいラインを探ることを心がけました。たとえば手摺ひとつを取っても、必要と思われるところすべてに取り付けてしまうのではなく、将来必要になったときに簡単に取り付けられるよう、壁の中に下地だけを仕込んでおくといった配慮が大切です。下地の位置を図面に残しておけば、誰でも容易に手摺を取り付けられますからね。また、室内の開口幅などは、車いすでの移動も考慮して設定しておくなどの配慮ももちろん必要です。

―「平屋 和風モダンの家」は、玄関を介して2つの棟がつながっていますが、茶室棟にはもう1つ玄関がありますね。

この家は基本的に、玄関を境界として茶室のある西側がパブリックスペース、東側がプライベートスペースというゾーニングです。そのため、お客様や茶道教室の生徒さんが直接、茶室に行けるように配慮して専用の玄関を設けました。ですが実際のところは、中央の玄関から出入りされて、リビングでくつろぐ方も多いようです(笑)。とはいえ、住居棟のトイレは、リビング側と寝室側の両方から利用できるように配慮していましたので、特に問題はありません。実際は、リビングまでは半プライベート、寝室が完全なプライベート空間といったところでしょうか。

―南向きの大きな開口があるリビングに面したデッキは気持ちがよさそうです。ここでくつろぐ方が多いというのもうなずけますね。

幸い、南に大きく開口を取ることができる敷地でしたので、それを生かすようにプランを考えました。この家の庭には、生前の旦那様が大事に手入れをされていた石や植栽などがたくさんあり、奥様もこれらが自然に目に映るような日常を望まれていました。そこで、一部の石や灯籠などはアプローチ部分や新築した住居棟から見える位置に移動しています。特に敷地南側の中央、ちょうど玄関の直線上に位置する部分には立派な塔がありましたので、中央の玄関の奥に坪庭のようなスペースをつくり、玄関正面にはこの坪庭を切り取るようなFIX窓を設けました。玄関を開けるとすぐに、この坪庭を通して塔が目に入るようになっています。またこの坪庭はリビング西側の窓からも見ることができるようにもなっています。

―最近では、本格的な和室や茶室などの需要は少なくなっています。和風建築や茶室に関心の強い堀さんとしては、やはり思うところがあるのではないでしょうか。

確かに、いわゆる伝統的な和室や茶室は減少の傾向にあると言えるでしょう。しかし私としては、建て主さんにそうしたものを無理強いするつもりはありません。たとえば本来の茶室には、使用する部材やその寸法に厳格なルールがあります。建て主さんがこうした厳格なルールに基づいた建築を求めるならば問題はありませんが、建築家からこれを強要することはあってはなりません。伝統や形式だけを重んじてそれに縛られるのではなく、建て主さんが求める住宅の姿・形を見据えて、その方に最適な答えを導き出すのが建築家である私の役目なのです。その意味で、現代的な洋風の建築のなかに和の要素を取り入れることも大切だと言えます。そうすれば、伝統的な和風建築にはない新たな価値を、そこに見いだすことも可能になるはずですから。

玄関

玄関

リビングからキッチンを見る

リビングからキッチンを見る

既存茶室棟 玄関は新規

既存茶室棟 玄関は新規

編集後記

忘蹄庵建築設計室を訪ねて

事務所名である「忘蹄庵(ぼうていあん)」は、中国の思想家である壮子の句にちなんだものなのだそう。「要するに、初心を忘れるな、という戒めですね。茶道でいえば、茶道具や所作というものは道具に過ぎず、大切なのはそれに溺れずに精神を研ぐことです。これは建築も同じだということです」。照れくさそうに笑いながらもそう話してくださった堀さん。形にとらわれず、その中身を大切にしていきたい??そんな堀さんの思いは、今回の事例にもありありと感じられました。

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